雷電のチチ日記

二千円札を最後に見かけたのはいつだったろう./最近はTwitterでつぶやいてることが多いかも/はてなダイアリーから移ってきました since 2005

ワールドカップの音楽

ミオ・クラシコ conducted by 宮本恒靖
参考→ワールドカップ便乗商法の中でもこれが一番ひどい - 【B面】犬にかぶらせろ!
gotanda6(ことライターの速水健朗氏)*1さんの所にもコメントしたのですが、宮本が統率(conducted by?)する日本のディフェンスラインのリズムは3バックの時がワルツで4バックになると4拍子になるんです。
同居人にこのアルバムの話をしたら「これは既にあったコンピアルバムに『アイーダ』と宮本のジャケットをくっつけただけのものに違いない」説を唱えてましたが真偽はいかに。

このゆるいコンピの中で、多分同じ音源と思われるものを持っていた。アントルモンが弾くサティの「ジムノペディ」。80年代にサティがちょっとブームになったときに乗ろうとしたものか、アルバムタイトルが「アンニュイっぽいシュール色」というひどいものだったのをよく覚えている。それはないだろソニー(当時はCBSソニー)と思った。

ワールドカップの音楽の思い出(8年前)

ワールドカップの音楽というのをはじめて意識したのは98年フランス大会のユッスー・ンドゥールかな。セネガル出身の彼が、大会の公式アンセム「勇者たちの庭」を歌った。ユッスーは既に大スターだったけれども、自国のアーティストを差し置いて出場経験のない国のアーティストを起用するとはやるなフランス、と思った。この時点でフランスの優勝が決まったようなものだ。そして4年後の日韓大会、初出場のセネガルが開幕戦でフランスを破ることも。

勇者たちの庭

勇者たちの庭

日本での紹介は、はっきりいってあまりなかった。リッキー・マーティンの公式テーマソングの方がよく流れていたからかも知れない。大会前に「ニュースステーション」で、ユッスーのインタビューが放映された。しかしアナウンサー*2は、「今流れていますこの曲、を歌っている歌手の方のインタビューです、ご覧下さい」とだけ紹介し、ユッスーの名前はついに口にしなかった。ひどいね。

当時の公式アルバム。

ALLEZ!OLA!OLE!The Music Of The World Cup

ALLEZ!OLA!OLE!The Music Of The World Cup

日本から参加したのは「元祖・世界のTK」こと小室哲哉先生。 ちょっと聞いて「こりゃダメだ」と思ったら本当に代表チームは全敗してしまった。ワールドカップは文化も含めた国の総合力が試される。


ユッスーは自らもサッカーの大ファンで、ヴァージン移籍で(世界向け)第1作となった「ザ・ライオン(1989)」の冒頭に置かれた表題曲はセネガルナショナルチームの応援歌だ。こんな曲で応援されたらそりゃ鼓舞されるわなあ。

Lion

Lion

*1:入れてみました!

*2:いまテレ朝で代表戦の実況を任されている角澤だ

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