雷電のチチ日記

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「二十一世紀の夢」

地下鉄消えるはずだった!50年前の未来像、6割外れ
子供の頃、岸田純之助著「二十一世紀の夢」という本が家にあった。1959年(昭和34)発行というから、この記事の21世紀予測とほぼ同じ頃に出た本だ。当時の小学生向け(たぶん)の科学啓蒙本で、タイトル通り21世紀の生活はこうなっているという想像図を、少年があちこち訪ねながら紹介していくという趣向だった。
今でもおぼろげながら覚えている冒頭は、郊外の研究所へおじさんを訪ねに行く場面、「250キロで走る電気自動車」というのに乗っていく。高速道路では自動運転になる。道路の下に電線が埋設されていて、ナントカ誘導でそこから電気を取り入れるのだそうだ。「アメリカでは電気自動車ではなくホバークラフトのように空気の力で浮き上がって走る車輪のない自動車が主流だ」という設定は、当時ビッグスリーにそんな未来構想があったのだろうか。
本の後半では日本の宇宙探査隊が木星の衛星まで有人飛行し、着陸に成功する場面なんてのもある。その場面の中継描写はテレビではなく無線の音声のみだ。1959年はまだテレビの衛星中継もなかった頃だから仕方がない。というかソ連が初の人工衛星スプートニクを打ち上げたのが1957年だからなあ。それを思えば未来予想はすごいがんばっていると思う。「核融合発電の実用化」というのは笑うしかないけど。
ただ、完全に外しているな、というか現実が追い越してしまったなと思うのがコンピュータに関する予想。インターネットはおろか、コンピュータの描写もほとんどない。コンピュータが鎮座しているのは「研究所」であり、パーソナルコンピュータという概念自体がなかったと思われる。なんか紙テープが出力されてくるような描写(!!)もあったような記憶が。そしてプリンタ、「昔のタイプライターは一文字ずつ打つのでパチパチという音がした。今の*1タイプライターは一行ずつ印字されるのでジャッ、ジャッという音がする」という表現をよく覚えている。「へーすごいなあ、一行ずつ打つのか」とタイプライターもろくに見たことのなかった私は感心していたものだ。あの頃の自分に、今自宅にあるキヤノンフルカラープリンタ1万何千円也を見せたら何て言うだろう。


60年代から70年代になるとバラ色の未来は色あせ、子供の目にも「公害問題」など科学技術の負の部分が見えてくるようになった。おまけに五島勉の「ノストラダムスの大予言」なんかを読んで「科学の進歩で地球は滅亡する、そうならないためにどうすれば」などと真剣に考えたものだ(考えるきっかけが五島勉というのは少々アレだが)。今の子たちはまた違うんだろうな。


「二十一世紀の夢」はまだ実家のどこかにあると思う。日本の図書館ではこんなところに所蔵されているらしい。
著者の岸田純之助氏はこんな方。←このリンク先の日本未来学会というのは、上記の記事の元ネタになった「財団法人未来工学研究所」の関連団体でもある。
氏はこの21世紀の現実を、どのように見ておられるのだろうか。

*1:「今の」というのは1959年から想像した21世紀のこと

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