雷電のチチ日記

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原油価格の高騰=デフレ圧力(訂正済み)

Q:844
 原油など資源の高騰やアメリカの金利引き下げなどで、世界的にインフレ懸念が強まる中、日本ではいまだにデフレ脱却ができていないという指摘もあるようです。先進国の中では、経済成長率も日本は依然として低いと言われています。Q:843の中で土居さんは「値下げボケ」と表現されていましたが、他の先進国と比べて、日本は、どこが特別なのでしょうか。

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 はなはだ僭越ながら,インフレやデフレの問題を語るときに頻繁に見られる誤解こそ「原油など資源の高騰やアメリカの金利引き下げなどで、世界的にインフレ懸念が強まる」という言及だという点を指摘することろから始めなければなりません.なぜなら「資源価格の高騰」「アメリカの金融緩和」はともに,直接的には,デフレ圧力を持つのです.

 第一の論点である「資源(以下原油)価格の高騰がデフレをもたらす」から始めましょう.石油無しに生産活動を行うことは出来ません.原油価格が高騰したとして超長期的には代替エネルギーの研究が進みその必要量が減少するということになるでしょうが,残念なことにこれは数年程度で転換できることではありません.したがって,原油価格の高騰は「原油への支出」の増大をもたらします.

 所得が大幅に変化しない以上,原油への支出増はその他の財への支出減をもたらします.我が国では原油のほぼ全てを輸入に頼っていることを思い出してください.原油以外の財への支出減は国内財への需要減少を意味します.国内財への需要が減少するのですから,その価格は低下することになります.これが国内財(国内付加価値)のデフレです.

 なお,経済にとって問題になるデフレとは国内財・国内付加価値の価格低下であってその他ではありません.これは国内で生産された財の価格低下は国内企業の売上げ減少を通じて経済を停滞させるためです.物価指数というとCPI(消費者物価指数)に注目が集まりがちですが,問題なのは石油関連・生鮮食品を除いたコアコアCPI,または国内付加価値そのもののデフレーターです.

 第二の論点は「アメリカの金融緩和は他国のデフレをもたらす」という点です.米国の利下げは米国内の債券収益率を低下させることに他なりません.低い金利しかつかないならば,米国への資本の流れは減少し,より金利の高い国に向けて移動することになります.この時,為替相場はドル高ドル安に振れることになるでしょう.円安とドル高は円高ドル安は日本国内にとっては輸入品価格の低下をもたらしますから,これもまたデフレ要因ということになります(ただし,ドル高は輸出品価格の上昇でもあるため,トータルで国内物価がデフレ化インフレ化するかはわかりませんただし,金融緩和によって米国の景気が回復することで対米輸出が増加するという効果もあるためデフレ化するかインフレ化するかはわかりません).

 このように「資源の高騰やアメリカの金利引き下げなどで、世界的にインフレ」という理解は理論的には正しくありません.しかし,現実に世界的なインフレが始まる気配があるのはなぜでしょう.ここに一つのミッシング・ピースがあります.

 資源価格の高騰は,経済政策の大目標である国内財の価格を低下させます.国内物価のデフレが経済に甚大なダメージを及ぼすことは,不幸にも,90年代の日本の例を通じ世界の政策担当者が肝に銘じるところとなっています.したがって,資源価格が高騰したときには国内財価格の低下を防ぐために金融政策は緩和的に運営しなければなりません.さらに,米国の金利が下がっているならば世界各国にとっては「利下げをしても自国からの資本流出はそれほど大きくならない」状況のため,さらに金融緩和しやすい条件がそろっていることになります.

 世界各国にとって,金融緩和の必要性と金融緩和の条件が整っているのですから,選択される政策は金融緩和です.世界各国が金融緩和を基調とした政策運営を行うのですから世界的インフレ傾向の予想は正しいといって良いでしょう.「原油など資源の高騰やアメリカの金利引き下げなどで、世界的にインフレ」は誤りで,「原油など資源の高騰やアメリカの金利引き下げなどで、世界的に金融緩和が行われるため,世界的にインフレ」なのです.

 このように説明すると,日本のみでデフレが継続する理由は簡単に理解できます.サブプライムローン問題に関して,当事国である米国と主要先進国の中央銀行が協調的な追加緩和を決定したときに日本銀行は追加緩和へのアクションを起こしませんでした.また,総裁や政策審議委員は今後の経済動向次第で早期の利上げが必要であることを示唆しています.「原油など資源の高騰やアメリカの金利引き下げなどで、世界的に金融緩和が行われるが,日本は金融緩和しない(または引締する)」のですから,日本では「当然」デフレになるというわけです.

        駒澤大学経済学部准教授:飯田泰之

今週のJMMより。村上龍の質問に対し、飯田准教授だけがまったく違う観点から回答している。人によっては「そんなことを聞いているんじゃねえ!」と怒るかもしれないが、私は好きだなあ。

追記

飯田先生から訂正のコメントをいただきましたので、該当箇所を訂正しました。

追記の追記

JMM、該当週のバックナンバーがWebに公開されました。
[JMM]村上龍、金融経済の専門家たちに聞く Q.844