雷電のチチ日記

二千円札を最後に見かけたのはいつだったろう./最近はTwitterでつぶやいてることが多いかも/はてなダイアリーから移ってきました since 2005

今年のおくやみ

毎度ながら自分のブクマの「おくやみ」タグから。セレクションがめちゃめちゃだ。

嘉藤栄吉(享年90)

1933年の中等学校野球大会準決勝、明石中-中京商戦は延長25回にわたる大熱戦となり、中京商が1-0で勝利を収めた。球史に残る試合に出場した選手の中で最後まで存命であったのが嘉藤栄吉氏である。明石中の二塁手として出場した嘉藤氏。25回裏無死満塁のピンチ。中京の選手が打ったセカンドゴロを捕球し、バックホーム…その球が悪送球となり、4時間55分の試合はサヨナラの幕切れとなった。(中京商は決勝戦にも勝ち、空前絶後の大会3連覇を達成する)
戦後嘉藤氏はゴム製造会社に就職、「準硬式球」の開発に携わる。ゴム製でありながら正規の硬式球に反発力を近づけたボールは、戦後の物資難で硬式球が入手しにくかったおり多くの学校で練習に使用された。「自分のようなエラーを本番でしないように、このボールを使って練習を積んでほしい」との願いが込められていたという。



クリスマスが明けた途端にパレスチナでえらいことに。なんでだ…。ここ日本に住んでいると、死者は「全部で○○名以上」としか認識されないけれども、当地では「□□の娘の誰それ」「△△の弟の誰それ」という具体的な名前の積み重ねなのだろう(日本で、拉致被害者が人数ではなく「横田」「蓮池」という名前で認識されているように)。憎悪の増幅。「今年のおくやみ」番外として。