生ハム原木の産地探訪
「いい香りだろう? まあ見て行きなよ」
私を迎えてくれた男は人なつこく話しかけてきた。ここはフランス、アングレーム。生ハムの産地として世界的に有名だ。見渡す限りの生ハムの原木が、丘の中腹に整然と植えられている。
生ハムの木は生育に時間がかかる。俗に桃栗三年などと言われるが、生ハムは収穫できるようになるまで5年、本当に味わいが出てくるのは12年から14年の月日を待たねばならない。
「どうだいこのツヤ、お天道様の光をたっぷり吸い込んでやがるぜ」
案内人のピエールが自慢げに手に取る。私も真似をして、ちょうど目の高さに実った生ハムを手にしてみた。ぷよぷよ感が心地よい。「最近は促成栽培のインチキ生ハムも出回ってるが、ここのは正真正銘の本物だ。一口かじるだけでわかるさ」ピエールは腰に差したナイフで器用にハムをそぎ落とすと、私に一切れよこした。たちまち旨味が口の中に広がる。はじめて体験する、取れたての生ハムの味。絶品である。
ここで収穫された生ハムの木は、丘のふもとに建てられた生ハム工場へ運ばれ、加工されて世界中に送り出される。ハム作りはこの地ではもう何百年も前からの営みだが、工場は最新設備だ。
「加工前の生ハムの原木? この辺じゃみんなそうやって食べてるが、最近では遠くのお客さんにも人気でね。遙か日本から注文も来るよ」
どこの国にも分かるヤツはいるもんだね、原木が一番うまいんだから。そういうとピエールは自慢げに生ハムの木をなでた。