雷電のチチ日記

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平壌のアメリカ人

これは面白い。JMMにてNYフィルの北朝鮮公演を評する冷泉彰彦氏「パフォーマンスは両刃の剣となったのか」。*1
当夜の演奏曲目:(この他に、米国・北朝鮮の国歌が演奏されたはず)

  • (1)ワーグナー:楽劇『ローエングリン』から第三幕への前奏曲
    • 演奏もテンポのしっかりしたブリリアントなものだったと思います。
  • (2)ドボルザーク交響曲第九番『新世界より』全曲
    • ちょっと選曲としては軽すぎたように思います。また演奏も「これが西側の現代風の解釈だ」と言わんばかりにテンポを動かしていて、例えば第一楽章の第二主題などは音楽の流れがスムーズでない感じでした。有名な「家路」のメロディを含む第二楽章も、テンポの差をドラマチックにしているだけで歌の高潔さは今一つだったと思います。この選曲、この解釈はちょっと「北朝鮮の観客をなめている」と言われても仕方がないでしょう。
  • (3)ガーシュイン:『パリのアメリカ人』
    • あまり「ノリノリ」でやるとクラシックに聞こえないか、独裁国家の謹厳なエリートには向かないと思ったのか、演奏は堅さがあって、音楽としてはあまり上質ではなかったように思います。

(以下アンコール)

  • (4)ビゼー:『アルルの女』第二組曲より「ファランドール」
  • (5)バースタイン:歌劇『キャンディード』序曲
    • 『キャンディード』を作曲したバースタインは、このオーケストラの黄金時代を築いた名指揮者であり、バースタインの指揮の記憶は多くの楽団員の血肉と化しているのです。そこで指揮者のマゼールは、「この指揮台にバースタインがいると思って演奏するように」と言って袖に引っ込んでしまったのです。実際にコンサート・マスターのグレン・ディクトロウの合図で曲が始まると、楽団は指揮者なしで見事な演奏を披露しました。
  • (6)朝鮮(韓国)古歌『アリラン
    • 最後の『アリラン』は感動的だったと報じられていますし、楽団員の中に8人いるという韓国系の奏者の中には、演奏しながら泣いてしまった人もいるそうで、ある種エモーショナルな瞬間になりました。ただ、本来この曲の持っている心の底から絞り出すようなメロディーの鋭さは消されていて、いかにもアメリカ的にスムースな演奏になっていたので、音楽の趣向としては穏やかな表現に終わっています。まあ、これはこれで良かったのかもしれません。

(以上もとの記事を編集しています)

という音楽そのものとしての評とは別に、いろいろ深読みもできるプログラムであるというのがなかなか面白い。

たとえば「ローエングリン」は筋立てがハッピーエンドではなく、「疑念から逃れられない独裁国家の人々は死に、騎士は静かに立ち去るのみ」という謎かけとも読める、であるとか、いやいやこの曲はマゼールバイロイト音楽祭でデビューしたときの曲(ユダヤ系であるマゼールワーグナーを指揮したことで一部から批判を受けたりもした)だから思い入れがあってこの成功させなければならない公演の一発目に持ってきたんだ、とか。

あるいは変わった趣向で演奏されたアンコールの「キャンディード」。バーンスタインはNYフィルを象徴する大指揮者であるし、ベルリンの壁崩壊直後に当地で行った「第九」演奏会を大成功させた、だから「ここにいないバーンスタインの指揮で」というのは「壁を崩壊させよ」という意味が込められている、とか、「指揮者なし」での演奏をするということは、「独裁者なし」の国にせよという意味にも取れる、とか、「幽霊の指揮」で演奏が可能だとすれば、死んだ金日成やこの場にはいない金正日が動かしている社会への皮肉でもある、とか、「キャンディード」の脚本ヘルマンや原作者ヴォルテールといったとことも重ね合わせると何重もの意図を読み込むことができる、とか。

そして冷泉氏は「この日の公演が、その場で聴いていたエリートたち、あるいはテレビで見ていた民衆に何かをもたらしたろうか」と問う。…NYフィルもエリック・クラプトンもいいのだけど、「西側音楽家の公演」としてはやはりここはマドンナあたりが一発かましてやるべきではなかろうか。劇薬すぎる?(「西側」って言葉ももう死語だ)


ところでこの公演、北朝鮮国内のほかに、中国・韓国・そして米国などでテレビ放映*2されたそうだ。日本ではいつ見られるのでしょう。「朝鮮中央放送」のトンデモぽいニュースはいつも面白おかしく流している割に、こういうのはやってくれないんですかね。冷泉氏がレポートを書いてるのも、アメリカで放映されたからこそなのに。

*1:いつものことながらWebに掲載されるのは来月

*2:ただしライブではなく録画